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WEDGE Infinity 2013年10月18日(Fri)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3252
中国と台湾の政治対話に水を差す:「一つの中国」への言及
2013年10月11~12日に第1回両岸平和フォーラムが開かれた。
全国台湾研究会、台湾21世紀基金会など14の両岸の民間組織、学術機構の共同主催の会議で、テーマは「両岸の平和、共同発展」というものだった。
中国と台湾のあいだの交流は形式的に民間によって行われており、テーマもこれまで経済、貿易関係に関するものだったが、今回初めて相互信頼、外交問題、平和構造といった政治、安全保障分野を取り上げたことで注目された。
これに先立つ10月6日、習近平国家主席が台湾との政治対話に積極的な姿勢を示していたこともあり、このフォーラムへの注目はさらに高まった。
会議の開幕式には、張志軍・党中央台湾工作弁公室主任兼国務院台湾事務弁公室主任が出席し、挨拶した。
党と政府の台湾問題を主管する部門のトップである張の発言に注目したのだが、その発言からは交流促進というよりは、むしろ期待に水を差すのではと思われる発言の方に目がいった。
中国側は、台湾との政治交流をどのように考えているのだろうか。
■「一つの中国」に2度も言及した張志軍の発言
10月12日付『人民日報』は、張の挨拶をどう伝えたのだろうか。
6面に開幕式の様子を伝える記事が比較的大きく掲載された。
張の主な発言は以下のとおりである。
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「両岸関係発展過程で、政治争議はしばらく棚上げにするが、完全に長期的に回避することはできない。
『経済だけで政治はない』というやり方は持続しない。
両岸の経済、文化の交流、協力を促進すると同時に、両岸の矛盾対立の解決に努力し、両岸も政治関係に対し情にも理にもかなっている手はずを整えてこそ、たえず両岸の政治的相互信頼を増進し、両岸の民衆の重大な関心事を解決し、両岸関係の持続的平和的発展に対する自信を増強し、両岸の平和、共同発展のビジョンを実現することができる」
「大陸と台湾は一つの中国に属することを堅持することが、両岸関係の平和発展を確保する共同の政治的基礎であり、両岸の政治対立問題を話し合い解決する根本的立脚点である。
両岸のあいだには多くの政治対立があるが、一つの中国の枠組みを動揺させ、損なうことはできない。
両岸のあいだのあらゆる政治対立問題は、この枠組みで適切は解決方法を模索すべきである。これが緩めることのできない最低ラインである」
「民間の政治対話を展開することは、各界の積極的な思考を促進し両岸の政治対立問題を解決する実行可能なプロセスに有利であり、今後の両岸が関連問題を話し合い解決するために受け入れられる方案を模索することに有利であり、両岸の政治対話、話し合いをスタートさせるための融和な雰囲気を作り出すことに有利であり、参考にできる経験と方法を提供することができる」
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■台湾との政治対話を無条件に進めない意思表示
このファーラムに先立ち、習が10月6日にAPEC首脳会議の場で、台湾前副総統の蕭万長・台湾両岸共同市場基金会栄誉董事長と会見した。
その際に政治対話について次のような踏み込んだ発言をしていた。
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両岸の政治的相互信頼を増進し、共同の政治的基礎を打ち建てることが、両岸関係の平和発展確保のカギである。
長期的に見て、両岸に長期にわたり存在する政治対立の問題は結局一歩一歩解決しなければならない。
これらの問題を次の代に送ってはならない。
われわれはすでに何度も示している。
一つの中国の枠組みで両岸の政治問題は台湾と平等な話し合いを進め、情にも理にもかなった手配をしたい。
両岸関係における処理すべき事務に対しては、双方の主管部門の責任者が会って意見交換すればいい。
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張自身には台湾との関係を方向づける権限はなく、張の発言が中国と台湾の政治対話に積極的な姿勢を示したのはこの習の発言に沿ったものである。
他方、張は「一つの中国」に2度も言及し、
「動揺させ、損なうことはできない」
「緩めることのできない最低ライン」
と位置づけたことは、緊張感を増しているようにすら感じられる。
政治対話への積極性とは一転、政治対話を無条件で進めるものではないという中国側の意思を示している。
初の民間政治交流の場での挨拶だけに、期待感は強かったかもしれないが、「一つの中国」発言はこれに水を差した。
「一つの中国」とは、台湾は中国の不可分の領土であり、中国は一つであるという主張であるが、中台間でその解釈は異なり、争点となってきた。
そのため、最近では棚上げされ、実務的な交流を進展させていた感がある。
■なぜ「一つの中国」に言及したのか
政治対話のきっかけになるかもしれない場で、張が「一つの中国」を2度も持ち出したこと、そしてそれを『人民日報』が報じたことは、なんらかの意味があると考えるべきだろう。
一つには、10月12日に外交部が、欧州議会が10月9日にEUと台湾の経済貿易関係の決議を採択したことを次のように非難している。
「民間の経済貿易交流の展開に異議はない。
しかし、公的関係の発展には反対する。
中国とEUの関係の大局から出発し、一つの中国の原則をしっかりと守り、台湾に関する問題を慎重に処理し、台湾と公的交流を進めない、いかなる公的性質を有する協議に調印しないことを希望する」。
そのため、張の発言はEUとの公式な関係を深めようとする台湾に対し、クギを刺す目的があったとみることもできる。
それならば、個別事案への対応で出てきた「一つの中国」であり、中国と台湾の関係改善に大きな影響はないかもしれない。
もうひとつの見方もできる。
台湾との政治対話を進めることが、習が自らの権威を高めるために熱心であると見られている点である。
台湾統一は中国共産党に残された悲願である。
かつて、江沢民が自らの権威を高めるために香港返還を利用していたことと相通じる。
しかし、党内には台湾との安易な政治対話推進に反対するものもいれば、習が進めることには何でも反対しようというものもいる。
習自身も政治対話に踏み切れるだけのリーダーシップを固めているのか、それともリーダーシップを構築するための「賭け」なのか。
いずれにせよ、習はバランスをとるために、「一つの中国」に言及しなければならなかったものと思われる。
そして張はその意向を受けて発言しているということである。
台湾側にとっては、警戒感を呼び起こされているはずであり、
「一つの中国」という考え方が依然として政治性を持っている限りは、中国と台湾の政治対話が進むようには思われない。
佐々木智弘(ささき・のりひろ)
日本貿易振興機構アジア経済研究所東アジア研究グループ長
1994年慶應義塾大学大学院博士前期課程修了、同年アジア経済研究所入所。北京大学、復旦大学、中国社会科学院の客員研究員を経て、現在日本貿易振興機構アジア経済研究所東アジア研究グループ長。共著に『習近平政権の中国』(アジア経済研究所)、『現代中国政治外交の原点』(慶應義塾大学出版会)。
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【日中の狭間にあって:台湾はどう動くか】
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