2013年10月31日木曜日

台湾防衛の最大課題は潜水艦戦力増強:切り札は日本の潜水艦技術

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●31日、米国から購入したP3C対潜哨戒機の公開式典で演説する台湾の馬英九総統=屏東空軍基地(AFP=時事)


jiji.cvopm 2013/10/31-19:28
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013103101011

P3C哨戒機を公開=15年までに12機配備へ-台湾

 【台北時事】台湾国防部(国防省)は31日、米国から購入し、9月に南部の屏東空軍基地に配備されたP3C対潜哨戒機を同基地で内外メディアに公開した。
 米国は2007年、台湾に対してP3C12機を19億6000万米ドル(約1921億円)で売却する方針を決定。9月25日に1機目が引き渡された。年内にさらに3機が台湾に到着し、15年中に配備が完了する見込み。(2013/10/31-19:28)



JB Press 2013.10.31(木)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39037

切り札は日本の潜水艦技術、
中国の覇権主義を封じ込める妙手とは

 国家財政危機が継続しているアメリカでは、国防予算の大幅減額に伴う具体的戦力低下がますます深刻化しつつある。

 オバマ政権がアジア重視政策を打ち出しているのに対応して、かつ中国海軍の急速な増強を睨んで、アメリカ海軍は太平洋艦隊を強化する方針を打ち出している。
 とは言っても、イランやシリア、そしていまだに不安定な北アフリカ情勢を考慮すると、大西洋・地中海方面のアメリカ海軍力を大幅に減らして太平洋方面に差し向けられる状況とは言えない。

 オバマ政権下における国防費減額の流れに加えて、強制財政削減措置によって海軍予算も含めて国防予算全体が一律に削減されている中で「アジア重視政策を後押しするために太平洋方面の海軍力を増強する」というのは、「他の地域における弱体化よりも弱体化の度合いを極小に抑える」という意味合いと理解するべきである。

 したがって、名実ともに海軍力(航空戦力を含む)や長射程ミサイル戦力を強化し続けている中国軍と比較すると、東アジア(日本周辺から南シナ海にかけて)方面におけるアメリカ海軍力は相対的に弱体化の道をたどっていると言わざるをえない。
 アメリカ財政が奇跡的に健全化しない限り、この傾向はますます強まることは避けられない。

 日本やフィリピンの国防がアメリカ国防予算大幅削減の影響を受ける状況は本コラムでもしばしば指摘しているが、
 日本やフィリピン以上に深刻な打撃を被る可能性が高いのが、台湾の国防である。

 台湾は自主防衛努力を精一杯推し進めているが、日本を本拠地にしているアメリカ海軍や海兵隊の存在は、台湾防衛の左右を決する最大の要素の1つとなっている。
 つまり、アメリカ海軍力の弱体化は、台湾国防能力を直撃するのである。

■念願のP-3C配備実現も米海軍力弱体化の結果

 すでにブッシュ政権の時期にアメリカ政府が約束していた対台湾武器供与のいくつかのパッケージのうち、台湾国防当局が待ち望んでいた(そして中国国防当局が強く反発していた)対潜哨戒機P-3Cの第1陣12機の配備が、ようやく2013年9月末に達成された。
 これまで旧式の対潜哨戒機しか保有していなかった台湾軍にP-3Cが12機加わり(2015年までにはさらに第2陣が加わる予定)中国海軍潜水艦に対抗する能力が飛躍的に強化された。

 ただし、穿った見方をするならば、アメリカがようやく台湾にP-3Cの売却を実施したのは以下のような理由とも考えられる。

 予想以上のスピードで強力になってしまっている中国海軍通常動力潜水艦戦力を封じ込めるためには、アメリカ海軍自前の対潜能力(そして海上自衛隊の対潜能力)を増強する必要がある。
 しかし、国防予算削減のまっただ中でそのような予算を捻出することができない。
 そこで、台湾軍にアメリカ海軍(ならびに海上自衛隊)と共通のP-3Cを運用させることにより、第7艦隊をはじめとして東アジア海域で作戦するアメリカ海軍艦艇にとって手強い敵である中国海軍潜水艦部隊を封じ込める一助にしよう、というのである。

 要するに、かつて冷戦中には第7艦隊にとって最大の脅威であったソ連海軍潜水艦部隊や長距離爆撃機を封じ込めるために、アメリカ海軍自身が莫大な予算を投入する代わりに、日本に強力な対潜哨戒能力(海上自衛隊はおよそ100機のP-3Cを保有していた)を持たせたりイージス駆逐艦を建造させたりしたのと似通った手法ということができる。

■潜水艦戦力増強が台湾防衛最大の課題

 アメリカ側の真の動機はともかくも、台湾国防当局にとってP-3Cの配備が開始されたことは極めて心強いステップであることは間違いない。
 しかし、台湾政府ならびに台湾軍がP-3C以上に調達したいのが、現在台湾空軍が保有するF-16A/B以上に強力な新鋭戦闘機と、ある程度まとまった数の新型潜水艦である。

 特に、中国海軍の強力な潜水艦戦力(攻撃原子力潜水艦と通常動力潜水艦)と比べると、
 台湾海軍は惨めなほど弱体な潜水艦戦力(2隻の老朽グッピー2型潜水艦と2隻の旧式海龍型潜水艦)しか保持していない。
 そこで、P-3Cの配備に関連して、台湾軍高官はブッシュ政権下で約束した8隻の新型通常動力潜水艦の台湾海軍に対する供与の実現を強く求めた。

■各国の潜水艦戦力の比較

 中国海軍通常動力潜水艦の主たる任務は、アメリカ海軍(場合によっては海上自衛隊)艦艇に対する接近阻止である。
 したがって、アメリカが対中国潜水艦戦力を飛躍的に増強することなどはどう見ても不可能な状況下で、台湾海軍の潜水艦戦力が増強されることは、中国海軍にとってはP-3Cの配備と相まって極めて不快な動きとなり、アメリカ海軍にとっては喜ばしい出来事となる。

 このようなタイミングを捉えて、先日(10月25日)馬英九総統は、アメリカのメディアのインタビューに答えて、
 「中国の軍事的脅威から台湾を守り抜くためにはアメリカからの各種兵器の調達が必要不可欠であり、とりわけ潜水艦の供与の実現は喫緊の課題である
と明言した。


●各国の潜水艦戦力の比較

■誰が台湾海軍の潜水艦を建造するのか?

 台湾自身も、いつまでもアメリカから新型潜水艦を供与されるのを待ってはいられないため、独自開発を試みてはいる。
 そして台湾企業によって潜水艦用鋼材の開発が成功し、台湾独自設計の潜水艦や、ノルウェイのウラ型潜水艦をベースにしたもの、それにアルゼンチンのサンタ・クルズ型潜水艦(ドイツ製造)をベースにしたものなどの建造計画が進められている。

 しかし、推進システム・各種コントロールシステム・各種兵器システム等々、独自開発のハードルは極めて高い。
 したがって、現在のところ、アメリカが約束した8隻の潜水艦供与の実行に期待するしかない状況である。

 ただし、アメリカ政府が台湾海軍に8隻の通常動力潜水艦を供与するという約束を実行しようとしても、極めて大きな壁が立ちはだかっている。

 過去半世紀近くにわたって原子力潜水艦だけを建造してきた
 アメリカには、通常動力潜水艦を建造するメーカーが存在しない。
 したがって、アメリカがアメリカ以外の国の通常動力潜水艦を調達してそれを台湾に供与しなければならない。
 いくらアメリカ政府が台湾への通常動力潜水艦供与を決断しても、潜水艦を建造するメーカーの政府がゴーサインを出さない限り、実現しない仕組みになっているのである。

 もちろん、中国共産党政府は、世界各国の潜水艦メーカーや政府に
 「台湾への売却には強烈に反対する」
との圧力をかけ続けている。


●台湾海軍潜水艦「海龍」(写真:台湾海軍)

 1980年代に、オランダの造船所によって設計・建造された通常動力潜水艦2隻(現在も台湾海軍が使用している海龍型)が台湾海軍に配属(1987年と1988年にそれぞれ就役した)された。
 台湾海軍は、当初6隻購入する予定であったが、中国共産党政府によるオランダ政府や関連企業に対する強烈な圧力により、取引は2隻で終了してしまった。

 現在、中国の経済的・外交的そして軍事的地位は、この取引を中止させた当時とは比較にならないほど向上している。
 そのような状況において、中国共産党政府の強烈な圧力に直面しているオランダやドイツ、それにノルウェイならびにスウェーデンの潜水艦メーカーやそれぞれの政府が、アメリカ経由とはいえ台湾への潜水艦供与計画に協力することはとても考えられない。

■潜水艦技術大国日本の出番

 台湾海軍そして台湾国防当局にとって唯一の(ただし極めて微かな)希望は日本の潜水艦建造技術である。

 以下は、筆者がアメリカ海軍関係者、アメリカ防衛産業技術者、それに台湾海軍関係者たちと私的にではあるが幾度か議論した際に浮上したアイデアである。

 海上自衛隊の現行潜水艦のうち新鋭の「そうりゅう」型潜水艦は、スウェーデンのコックムス社製スターリング機関を採用しているものの、通常動力潜水艦としては世界の海軍の潜水艦の中でも最高水準の潜水艦と評価されている。
 これは中国海軍を含め世界中の海軍が認めているところである。

 そして、国内に2つの潜水艦建造メーカーが存在する国は日本(三菱重工と川崎重工)とアメリカ(ノースロップ・グラマンとゼネラル・ダイナミクス)だけである。

 上記のように、アメリカの2社は原子力潜水艦メーカーであって現状では通常動力潜水艦は建造できない。
 したがって、質も量もともに、日本は世界最大の通常動力潜水艦建造国なのである。

 このような世界に冠たる潜水艦大国である日本が、東アジア諸国共通の“公敵”である中国の覇権主義的海洋侵攻戦略を封じ込めるのに一肌脱がないと、それこそ憲法9条を隠れ蓑にアメリカ軍事力に頼りきり自主防衛努力を放棄した“卑怯者国家”とのレッテルが国際社会に定着してしまいかねない。


●海上自衛隊潜水艦「もちしお」(写真:米海軍)

 もちろん、米海軍関係者や台湾海軍関係者たちも、いくら安倍政権が防衛力の強化を含んで「強い日本」を標ぼうしているからといっても、
 三菱重工や川崎重工が直接台湾海軍向け潜水艦を建造して(書類上はアメリカ経由で)台湾海軍に売却することを日本政府が後押しするほどに「腹を据えて中国共産党政府の覇権主義と対決」することまでは期待していない。

 そこで、アメリカ海軍やアメリカ防衛産業関係者たちは、日本の潜水艦メーカーにアメリカ法人を設立させるか、それらメーカーから優秀な人材をアメリカメーカーが引き抜いてしまい、アメリカの新潜水艦メーカーによって台湾向け通常動力潜水艦を建造するというアイデアを打ち出している。

 もちろん、そのような頭脳流出が起きるよりは、日本政府の大英断によって日本・アメリカ・台湾の実質的三国海軍同盟をスタートさせるべく、日本のメーカーによって(もちろん「そうりゅう」ほどの新鋭艦である必要はないのだが)しかるべき能力を有した潜水艦を台湾海軍のために建造することを容認すべきであろう。

 我々は、台湾の国防強化は、日本の国防強化と直結することを忘れてはならない。

北村 淳 Jun Kitamura
戦争平和社会学者。東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。警視庁公安部勤務後、平成元年に北米に渡る。ハワイ大学ならびにブリティッシュ・コロンビア大学で助手・講師等を務め、戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学でPh.D.(政治社会学博士)取得。専攻は戦争&平和社会学・海軍戦略論。米シンクタンクで海軍アドバイザー等を務める。現在サン・ディエゴ在住。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房)、『米軍の見た自衛隊の実力』(宝島社)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)、『尖閣を守れない自衛隊』(宝島社)等がある。




【日中の狭間にあって:台湾はどう動くか】



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